
以前に訪ねた古町の胡坐屋の姉妹店である。だが、こと一人酒にはこちらの店の方が向いている。何故なら、カウンター席が多いから。多いと言っても八席程度なのだが、二人分毎に柱で軽く区切られて幅もゆったりと取ってあるカウンターは居心地が良く、余程混雑しない限り一人でも落ち着いて過ごせるだろう。実際に一人で一度訪ねている。
厨房も給仕も、店員は若い人ばかりの店だ。だが若い人ばかりの店はとかく威勢ばかりを売りにして騒々しく落ち着かないことも多いが、そのような接客とは一線を画する大人びたあしらいは感じが良い。
何といっても越後、佐渡の酒と魚介がずらりと揃う。それに尽きる。酒は手堅い品揃えで趣味人を喜ばすような珍しい銘柄こそないものの、新潟県内各地の蔵のものが品書きに並び、あらゆる好みに対応出来るであろう幅広い実直な品揃えだ。何を注文しても即座に冷か燗かと聞き返されるのには非常に好感を持った。魚介についてはまさに言うことなし。どれも抜群のネタばかりで、調理も申し分ない。
そしてこれまでに二度訪ねていずれも日曜日に営業していた。不定休ということになっているようだが、土日営業と考えて間違いないだろう。
文句なしの酒肴、良心的な価格、清潔で嫌味のない店内、新潟駅から至近、日曜営業と、非の打ち所がないというのはこういう店のためにある言葉だろう。新潟駅万代口には風情ある飲み屋街に良い居酒屋が幾つもあるが、その中でも抜きん出た良店。
胡坐屋 駅前店
025-247-5567
新潟県新潟市中央区東大通1-6-28
17:00~翌1:00
不定休

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ひどいホテルだった。
利用したのは12月の中旬だったが、部屋が寒くて寒くてとても居られないのだ。この時は連泊して、事情があって日中部屋に滞在していた。ところが部屋の余りの寒さに、暖房を全開で回し続け、屋外と同じ格好、即ちダウンジャケットまで着込んでさらに毛布を膝に掛けて何とか凌げるといったところだった。無類の暑がりの私がこうだったのだから、寒がりの女性など体調を崩してしまうのではないか。夜寝る時には掛け布団の上にさらに厚手の毛布を二枚重ねて寝た。もちろん暖房は全開でつけたままだ。
現代の鉄筋コンクリートの建物でこんな事があるのだろうか。窓が何処か開いているのではないかと何度も確認してしまった。が、そんな事はなかった。とにかく何らかの理由で気密性が著しく低いのだろう。
他にも建物の構造も劣悪だった。エレベーターを降りるとそこは喫煙室の区画で、そこを通らないと禁煙室に辿り着けないのだ。これは私のように器官が弱く嫌煙家にとってはあってはならない構造で、今時信じ難い配置をするものだと思った。また室内も粗悪で、壁紙など所々剥がれていた。これで一目で訳ありと分かる格安料金というならまだしも、近隣のホテルと比べても相場の平均といったところなのだからタチが悪い。
ともかく現代の日本で、大都市のビジネスホテルで、5千円程の料金を支払って、それで寒さに震える辛苦に耐えなければならない経験をするとは夢にも思わなかった。
絶対に泊まってはいけないホテル。
ニッセイホテル福岡
福岡県福岡市中央区赤坂1-15-31
赤坂駅より徒歩3分
コンビニ徒歩2分
大浴場:なし
朝食:未食
無料WiFi:あり

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鳥谷がMLB行きを断念し、残留することになった。年齢や様々な条件を考えても来年以降改めてメジャーに挑戦するとは考えづらく、彼が野球人生の生涯を阪神タイガースに捧げることが事実上決定した。
一人の尊敬すべき男、野球人が一生の夢であるメジャーを断念したわけだから手放しで喜ぶことははばかられるが、それでも一阪神ファンの我儘を言わせてもらえばこれは朗報に違いない。

今季もまたあの芸術ともいえる遊撃の守備やここ一番の勝負時に魅せる打撃を見られるという喜びももちろんなのだが、鳥谷がメジャーへ行った場合の阪神の構想が狂っているとしか思えなくて、それを回避できたというのが大きい。その構想の目玉は、何と西岡に中堅を守らせるというものだった。これを聞いた時は開いた口がふさがらず、最初はネットに出回ったデマかと思った程だ。投げられない、走れない、特に三塁も務まらないような肩の持ち主を中堅に据えるなど正気の沙汰とは思えない。
西岡は去年のポストシーズンの戦犯である。最終戦のあのおかしな走塁ばかりが注目されているようだが、まともな三塁手なら悠々アウトに出来ていた打球で打者走者を生かしてしまったプレーの方が本当は問題だった。その走者が本塁を踏み、試合の流れが変わり、シリーズの流れも変わった。
だが真の戦犯はもちろんそんな西岡を使ったベンチである。阪神のベンチやフロントが野球を知らない、野球を見ていないのは今に始まったことではない。目の前で動いている試合とプレーしている選手を見ずに、過去の数字や名前で選手を使う。見る能力が無いのだからそうするしかないのだが、特に歴代ヘボ監督の中でも和田は真弓に次ぐくらい酷い。その事がもっともよく表れていたのが他でもない「手負いの西岡を使うこと」だった。
私は日本シリーズの初戦、甲子園にいた。覚悟していた事とはいえ、スターティングメンバーの最初にまず西岡の名が読み上げられた時、改めてこのシリーズはソフトバンクに完敗するだろうなと思った。
元は内野から転向した大和が中堅手としての守備をどんどん磨いていき、去年は超一流と呼べる域にまで達した矢先の事だけに尚更だった。それはもう元から内野手よりも外野手の適性があったのではと思える程で、ポストシーズンでも大和はこれぞプロ野球の華と言うべき好捕を連発し、再三にわたってチームの危機を救った。だが阪神は勝てなかった。西岡を使って足を引っ張ってしまったからだ。
鳥谷が抜けた場合の構想は、その大和を再び内野に戻して遊撃に据え、西岡に中堅を守らせるというものだった。プロ野球をナメているとしか思えない。
野球場に通って30年、私が思うプロ野球における肝要は点は、一に先発投手の出来、そして二番目はセンターの守備である。三が捕手のリードと試合管理能力だろうか。実際のところ野球場、特に外野席で見ている時に一番面白いのは中堅手の守備を見る場面である。時としてそれは本塁打の美しい放物線が描かれる一部始終を見ることを凌駕する。だからロッテ岡田のような超一流中堅手が守備に就いていると球場の空気も締まってくるし、試合の見応えがまるで違う。
だが残念ながら阪神の三流ベンチや三流フロントがセンターの守備の重要性を理解する日なんて永遠に来ないのだろう。だから西岡中堅などという絶望的な事態を避けられたという意味でも、鳥谷の残留は大きいのである。

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一人の尊敬すべき男、野球人が一生の夢であるメジャーを断念したわけだから手放しで喜ぶことははばかられるが、それでも一阪神ファンの我儘を言わせてもらえばこれは朗報に違いない。

今季もまたあの芸術ともいえる遊撃の守備やここ一番の勝負時に魅せる打撃を見られるという喜びももちろんなのだが、鳥谷がメジャーへ行った場合の阪神の構想が狂っているとしか思えなくて、それを回避できたというのが大きい。その構想の目玉は、何と西岡に中堅を守らせるというものだった。これを聞いた時は開いた口がふさがらず、最初はネットに出回ったデマかと思った程だ。投げられない、走れない、特に三塁も務まらないような肩の持ち主を中堅に据えるなど正気の沙汰とは思えない。
西岡は去年のポストシーズンの戦犯である。最終戦のあのおかしな走塁ばかりが注目されているようだが、まともな三塁手なら悠々アウトに出来ていた打球で打者走者を生かしてしまったプレーの方が本当は問題だった。その走者が本塁を踏み、試合の流れが変わり、シリーズの流れも変わった。
だが真の戦犯はもちろんそんな西岡を使ったベンチである。阪神のベンチやフロントが野球を知らない、野球を見ていないのは今に始まったことではない。目の前で動いている試合とプレーしている選手を見ずに、過去の数字や名前で選手を使う。見る能力が無いのだからそうするしかないのだが、特に歴代ヘボ監督の中でも和田は真弓に次ぐくらい酷い。その事がもっともよく表れていたのが他でもない「手負いの西岡を使うこと」だった。
私は日本シリーズの初戦、甲子園にいた。覚悟していた事とはいえ、スターティングメンバーの最初にまず西岡の名が読み上げられた時、改めてこのシリーズはソフトバンクに完敗するだろうなと思った。
元は内野から転向した大和が中堅手としての守備をどんどん磨いていき、去年は超一流と呼べる域にまで達した矢先の事だけに尚更だった。それはもう元から内野手よりも外野手の適性があったのではと思える程で、ポストシーズンでも大和はこれぞプロ野球の華と言うべき好捕を連発し、再三にわたってチームの危機を救った。だが阪神は勝てなかった。西岡を使って足を引っ張ってしまったからだ。
鳥谷が抜けた場合の構想は、その大和を再び内野に戻して遊撃に据え、西岡に中堅を守らせるというものだった。プロ野球をナメているとしか思えない。
野球場に通って30年、私が思うプロ野球における肝要は点は、一に先発投手の出来、そして二番目はセンターの守備である。三が捕手のリードと試合管理能力だろうか。実際のところ野球場、特に外野席で見ている時に一番面白いのは中堅手の守備を見る場面である。時としてそれは本塁打の美しい放物線が描かれる一部始終を見ることを凌駕する。だからロッテ岡田のような超一流中堅手が守備に就いていると球場の空気も締まってくるし、試合の見応えがまるで違う。
だが残念ながら阪神の三流ベンチや三流フロントがセンターの守備の重要性を理解する日なんて永遠に来ないのだろう。だから西岡中堅などという絶望的な事態を避けられたという意味でも、鳥谷の残留は大きいのである。

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寝台特急「北斗星」号の廃止が発表されたのは先月の頭のことである。これによって定期の客車寝台特急はとうとう全滅することになる。「サンライズ瀬戸・出雲」「カシオペア」は残るものの、サンライズは電車特急であり、カシオペアは一人旅に使えないという特殊性や車両のデザインなどもあって、この両列車は所謂伝統的な夜行列車の哀愁のようなものは殆どない。「トワイライトエクスプレス」の廃止も併せて事実上の寝台特急の終焉と言えるだろう。
物心ついた時からの鉄道趣味人である私にとって、近年の「にわか鉄道ブーム」ほど鬱陶しく迷惑なものはない。予想のとおり北斗星は騒ぎの渦中となってしまい、寝台券が買えなくなってしまった。
六歳の時から一人旅にはまり、以後あらゆる所へ何度も足を運んできたが、そんな旅遍歴の中でも一昨年初めて足を運んだ厳寒期の北海道はひときわ鮮烈な印象を残した。過去に真夏を八重山で過ごした時にも思ったことだが、暑いところは暑い時が一番いい、寒い所は寒い時が一番いいというのは間違いではなかった。どうしてもっと早く厳寒期の北海道へ行かなかったのだろうと強く後悔した。そしてこれは願わくば毎年の恒例行事にしたいと思った。
だが去年はそれが叶わなかった。やはり北海道を一通り回るにはそれなりのまとまった日数が必要であり、そう簡単な事ではない。それでも来年こそは、と誓った。そして去年の夏頃から計画を立てていたのだ。前回真冬の北海道へ行った時はトワイライトエクスプレスに乗って北海道入りした。ならば次は北斗星しかない。そう思っていたところに何とも間の悪い今回の廃止報道だ。
廃止騒ぎが好きな人達が殺到し、寝台券の取得がごく困難になってしまった。今月の頭に三日間に渡って暗いうちに起床して出勤前に職場の最寄り駅でもなんでもない駅へわざわざ足を運び、「10時打ち」をお願いした。けれど一枚も買えなかった。廃止の発表がされるよりもずっと前の昨夏、いや一年前の冬から構想を練っていた身としてはまったくもっていい迷惑である。

結果として2月の上旬は行けるかどうかわからなくなってしまい、より確実に日程が確保できる今月の中旬の切符を後から買うことが出来たからよかったのだが、それでもまだ問題がある。席が開放B寝台の上段なのだ。
24系客車の上段寝台はフェリーの二段ベッドの上段などとはわけが違う。まず高さがかなりあるので乗降が大変、梯子は向かいの寝台の人と共用、その梯子は金属製の可動式なのでやたらとやかましい音を立てる、梯子の真下にテーブルがある…このように何かと気を遣うし煩わしいのだ。トイレが近く明け方に一度必ず目が覚める私にとっては尚更で、また困るのは煩わしさだけではない。下段寝台なら自分のベッドに腰掛けていても両側の窓からの車窓を楽しむことが出来るが、上段ではそれも叶わない。上段寝台しか空きがなく満席という時点で僅かな席数しかないロビーカーなど早い者勝ちの大混雑が必至で、好きな時にふらりと行って座れるなどというのは到底叶わないだろう。そうなると起床してから札幌に着くまでの長い時間をどう過ごせというのか。
何もない連休明けの平日、こんな廃止騒ぎがなければ下段寝台は容易に買えただろうし、キャンセル狙いで二日前を中心に何度か確認してみどりの窓口に足を運べば個室も夢ではなかっただろう。しつこいようだがいい迷惑である。数こそ多くはないがキャンセルもそれなりに頻繁に出ているので毎日のように出勤前にみどりの窓口へ寄って変更の機会を窺ったが、結局だめだった。
上段寝台で札幌まで長旅をすることを考えると憂鬱で、活動の計画を取り止めようか大いに迷った。今回に関して言えば北斗星はあくまでも北海道までの移動手段であり、こんな廃止騒ぎに巻き込まれて満席の列車の上段に乗らなければならないとはどうにも悔しい。だがしかし、騒ぎを受けて一年前から練っていた真冬の北海道行を放棄するなんてこれも同じくらい悔しい。まったく困ったものである。
ならば往路に新幹線を使って北海道入りしようかとも考えた。北斗星にはこれまでに個室も開放寝台も何度も乗っているし、この段になってどうしても乗りたいなどという思いはない。だが、新幹線で行くとなると早起きして朝一番の列車に乗ったとしても札幌に着くのが夕方の4時になってしまう。つまり、我々は寝ている間に移動して午前中に現地に着くというもっとも合理的な手段を失うことになるのだ。もっとも合理的な手段を失うだけでなく、これは選択肢が一つ減るということでもある。私が常々思ってきたのは、自分が子供の頃に比べて日本はどんどん貧しくなっているということだが、今回もそれがまた一つ目に見える形となって表れ、そして消えてゆくのだ。何とも嘆かわしい思いである。
そんなわけでこの上段寝台に乗って北海道へ向かおうかどうか逡巡していたのだが、背中を押してくれる一報が舞い込んできた。何という偶然か、学生時代の後輩の一人が同じ13日の北斗星に乗車するというのだ。当然車内で宴会しましょうという話になる。これで大分情勢が変わってきた。列車の中ではしこたま飲んで、寝台はまさに寝るだけの場所と割り切ろう。起きてから札幌に着くまでの数時間を何処でどう過ごすかという問題は残ったままだが、それについてはもう腹を括るしかあるまい。
ともかく明日から久々の大型活動が始まる。

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物心ついた時からの鉄道趣味人である私にとって、近年の「にわか鉄道ブーム」ほど鬱陶しく迷惑なものはない。予想のとおり北斗星は騒ぎの渦中となってしまい、寝台券が買えなくなってしまった。
六歳の時から一人旅にはまり、以後あらゆる所へ何度も足を運んできたが、そんな旅遍歴の中でも一昨年初めて足を運んだ厳寒期の北海道はひときわ鮮烈な印象を残した。過去に真夏を八重山で過ごした時にも思ったことだが、暑いところは暑い時が一番いい、寒い所は寒い時が一番いいというのは間違いではなかった。どうしてもっと早く厳寒期の北海道へ行かなかったのだろうと強く後悔した。そしてこれは願わくば毎年の恒例行事にしたいと思った。
だが去年はそれが叶わなかった。やはり北海道を一通り回るにはそれなりのまとまった日数が必要であり、そう簡単な事ではない。それでも来年こそは、と誓った。そして去年の夏頃から計画を立てていたのだ。前回真冬の北海道へ行った時はトワイライトエクスプレスに乗って北海道入りした。ならば次は北斗星しかない。そう思っていたところに何とも間の悪い今回の廃止報道だ。
廃止騒ぎが好きな人達が殺到し、寝台券の取得がごく困難になってしまった。今月の頭に三日間に渡って暗いうちに起床して出勤前に職場の最寄り駅でもなんでもない駅へわざわざ足を運び、「10時打ち」をお願いした。けれど一枚も買えなかった。廃止の発表がされるよりもずっと前の昨夏、いや一年前の冬から構想を練っていた身としてはまったくもっていい迷惑である。

結果として2月の上旬は行けるかどうかわからなくなってしまい、より確実に日程が確保できる今月の中旬の切符を後から買うことが出来たからよかったのだが、それでもまだ問題がある。席が開放B寝台の上段なのだ。
24系客車の上段寝台はフェリーの二段ベッドの上段などとはわけが違う。まず高さがかなりあるので乗降が大変、梯子は向かいの寝台の人と共用、その梯子は金属製の可動式なのでやたらとやかましい音を立てる、梯子の真下にテーブルがある…このように何かと気を遣うし煩わしいのだ。トイレが近く明け方に一度必ず目が覚める私にとっては尚更で、また困るのは煩わしさだけではない。下段寝台なら自分のベッドに腰掛けていても両側の窓からの車窓を楽しむことが出来るが、上段ではそれも叶わない。上段寝台しか空きがなく満席という時点で僅かな席数しかないロビーカーなど早い者勝ちの大混雑が必至で、好きな時にふらりと行って座れるなどというのは到底叶わないだろう。そうなると起床してから札幌に着くまでの長い時間をどう過ごせというのか。
何もない連休明けの平日、こんな廃止騒ぎがなければ下段寝台は容易に買えただろうし、キャンセル狙いで二日前を中心に何度か確認してみどりの窓口に足を運べば個室も夢ではなかっただろう。しつこいようだがいい迷惑である。数こそ多くはないがキャンセルもそれなりに頻繁に出ているので毎日のように出勤前にみどりの窓口へ寄って変更の機会を窺ったが、結局だめだった。
上段寝台で札幌まで長旅をすることを考えると憂鬱で、活動の計画を取り止めようか大いに迷った。今回に関して言えば北斗星はあくまでも北海道までの移動手段であり、こんな廃止騒ぎに巻き込まれて満席の列車の上段に乗らなければならないとはどうにも悔しい。だがしかし、騒ぎを受けて一年前から練っていた真冬の北海道行を放棄するなんてこれも同じくらい悔しい。まったく困ったものである。
ならば往路に新幹線を使って北海道入りしようかとも考えた。北斗星にはこれまでに個室も開放寝台も何度も乗っているし、この段になってどうしても乗りたいなどという思いはない。だが、新幹線で行くとなると早起きして朝一番の列車に乗ったとしても札幌に着くのが夕方の4時になってしまう。つまり、我々は寝ている間に移動して午前中に現地に着くというもっとも合理的な手段を失うことになるのだ。もっとも合理的な手段を失うだけでなく、これは選択肢が一つ減るということでもある。私が常々思ってきたのは、自分が子供の頃に比べて日本はどんどん貧しくなっているということだが、今回もそれがまた一つ目に見える形となって表れ、そして消えてゆくのだ。何とも嘆かわしい思いである。
そんなわけでこの上段寝台に乗って北海道へ向かおうかどうか逡巡していたのだが、背中を押してくれる一報が舞い込んできた。何という偶然か、学生時代の後輩の一人が同じ13日の北斗星に乗車するというのだ。当然車内で宴会しましょうという話になる。これで大分情勢が変わってきた。列車の中ではしこたま飲んで、寝台はまさに寝るだけの場所と割り切ろう。起きてから札幌に着くまでの数時間を何処でどう過ごすかという問題は残ったままだが、それについてはもう腹を括るしかあるまい。
ともかく明日から久々の大型活動が始まる。

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途中半日や早上がりなどもあったものの、暮れも正月もなく12月の下旬から二週間の連勤、さらに一日の休みを挟んで七連勤と、働きづめに働いた褒美を受け取る時が遂にやって来た。
そしてこれまでの旅の中でも特に鮮烈な感動を覚えた厳寒期の北海道を再訪するという、二年越しの宿願を果たせることとなった。
活動の概要としてはまず今夜の北斗星で北海道へ。それから「北海道フリーパス」を利用して全道を一通り周るという、久々の大型活動である。乗り放題の切符を使って毎日ひたすら列車に乗ってひたすら移動するという内容は二年前の前回と全く一緒であり、目新しさは無いかも知れない。また、今回の活動の真髄は厳寒期の北海道の美しい車窓や酷寒の自然の厳しさを肌で感じ、現地での真冬の生活そのものに触れるところにあるので、ブログとしての見栄えはややもすると他の活動に劣る可能性もある。そこはご了承いただきたい。
凍結した湖の上を悠然と歩くエゾジカの親子連れや、見渡す限りの雪原が夕日に紅く染まる様、先頭車両が巻き上げる粉雪が霧のように視界を覆い、それが太陽の光を反射して宝石のようにキラキラ輝くなどの美しい景色の数々、そして三分と屋外にいられなかった酷寒の宗谷岬などは今でも克明に記憶に残っている。だが前回の活動でそれ以上に印象に残ったのは、私の生まれ育った関東とは正反対に、家屋や町並みの造りなどその生活の全てを冬を基準にしているという北海道の暮らしぶりであり文化だった。
それまでにも夏場には北海道に何十回と足を運んできたが、真冬に訪ねて漸くその事を理解出来た気がした。「家のつくりやうは、夏をむねとすべし」という言葉があるが、北海道では「すべては冬をむねとすべし」なのだ。
旅とはとどのつまり自分が生まれ育った以外の土地の生活や文化を訪ね歩くことである。飛び切りの美しい景色を添えつつ、今回も冬の北海道というものをよくよく勉強してきたいと思う。
さあ、まずは上野へ。

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そしてこれまでの旅の中でも特に鮮烈な感動を覚えた厳寒期の北海道を再訪するという、二年越しの宿願を果たせることとなった。
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凍結した湖の上を悠然と歩くエゾジカの親子連れや、見渡す限りの雪原が夕日に紅く染まる様、先頭車両が巻き上げる粉雪が霧のように視界を覆い、それが太陽の光を反射して宝石のようにキラキラ輝くなどの美しい景色の数々、そして三分と屋外にいられなかった酷寒の宗谷岬などは今でも克明に記憶に残っている。だが前回の活動でそれ以上に印象に残ったのは、私の生まれ育った関東とは正反対に、家屋や町並みの造りなどその生活の全てを冬を基準にしているという北海道の暮らしぶりであり文化だった。
それまでにも夏場には北海道に何十回と足を運んできたが、真冬に訪ねて漸くその事を理解出来た気がした。「家のつくりやうは、夏をむねとすべし」という言葉があるが、北海道では「すべては冬をむねとすべし」なのだ。
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