日本一周後の福岡での日常、居酒屋探訪記などを綴ります。

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二月に訪ねた際、長いカウンター席は九割方が埋まっていて数席が残るのみ、先客の御仁の間に滑り込むという顛末でした。この時は金曜日の五時という条件でした。同じく平日ながら、今回は空いていて悠々着席と相成りました。時刻は五時半。開店一番から飲み始めた先客が引いた二周目の良い時間に当たったのか、それとも金曜日か否かで客入りが大分違うのか。
私自身店の前で開店を待ち構えて暖簾をくぐった事が何度かあります。しかし一番乗りは一回もありません。これはつまり、他にも開店を待ち構えている人が何人もいるということです。しかし行列が出来る程ではありません。大体いつも十人くらいでしょうか。だからすぐに席に着けるのです。この絶妙の按配が秀逸です。

この店と初めて出会った時の情景は今でも鮮明に覚えています。もう十五年以上も前の事になってしまいました。折角バイクではるばる九州を訪ねたというのに、いきなりの大雨に見舞われてしまったのです。何とか早い時間からバイクを屋根の下に停めさせてもらえる宿を探し当てたはいいものの、チェックインの時間まで持て余しました。唯一できる事といったら、アーケード商店街である銀天街を歩くことでした。時間を潰すようにして一軒一軒の佇まいを眺めながら、ゆっくり歩きました。そしてこの店の前まで来た時、釘付けになったのは言うまでもありません。
すぐさま開店時刻を調べ、それを狙って出直してきました。そして感動した私は小倉にもう一泊し、翌日また開店時刻と同時に訪ねたのです。当時はまだ教祖の存在も知らず、インターネットを使った情報検索も今のように気軽に行える時代ではありませんでした。そんな中この店との出会いがいかに鮮烈で衝撃的であったか。そして後に出版された「太田和彦の居酒屋味酒覧」の第一版に、載るべくして載ったのです。

これがこの武蔵が全国で最も思い入れの深い居酒屋であり続ける理由です。そして何より素晴らしいのは、内外の佇まいといい店の内容といい、あらゆる価値が当時から今に至るまで何一つ変わっていないことです。各地の居酒屋を訪ね歩くという自身の趣味嗜好の、この店こそが精華です。
教祖は東京は湯島の「シンスケ」を指して、人生最後の居酒屋一軒と言われたら私はこの店の暖簾をくぐると言っています。私にとってのそれは、この武蔵をおいて他にありません。

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